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新・けい坊の日記

けい坊が日常を綴る日記。

駒場祭DQ3リカバリーTA大会感想(後編)

DQ3リカバリーTA大会

駒場祭で開催されたDQ3リカバリーTA大会の感想を書いていく記事の後編です。

前編の記事では各問題の振り返りをしていきました。本記事では、第4問で試みた外部ルールのあり方に関する考察をしていきたいと思います。

外部ルールの是非について

今回の第4問では、「呪文以外使用禁止」という外部ルールを設けました。このようにセーブデータの外部から制限事項を設定することについて、考察してみたいと思います。

まず、企画立ち上げ前の私個人の思想としては、外部ルールを付すことは好ましくないという考えでした。ですので、第4問の案を最初に提示された際には、比較的強く反対しました。しかし、今回は駒場祭で開催する現役生中心の企画であり、OBの私が過剰に口出しするのは避けたいという思いから、最後には案に賛同しました。外部ルールを禁止する必然性について、納得感のある理由付けをして説得することができなかったというのもあります。

今回、実際に外部ルールを付した問題を出題してみて、色々と課題が浮き彫りになってきました。今回の経験を踏まえ、外部ルールのあり方について、私なりに考えを整理することができたので、以下に記していこうと思います。

私が外部ルールを好まない理由

何故私が外部ルールを付すことを好まないかと言うと、DQ3の腕前を競う競技である以上、DQ3の世界に外部から余計な手を加えるべきではないと考えるからです。例えば「毒蛾の粉禁止」という条件を課したとして、その条件下で戦術を構築させることは、真の意味でDQ3の腕前の優劣を計ることになるのか?という問題。毒蛾の粉がDQ3を構成する要素の1つであり、DQ3のゲーム性と不可分に結合しているわけで、それを外部から制限した攻略方法を考えるのはナンセンスに思えるのです。所持金の調整により事実上毒蛾の粉を多用できないようにするなど、外部ルールではなく、DQ3の秩序の範囲内で制限するべきというのが私の考えです。

また、外部ルールの付け方にも依りますが、競技としてどうしても小ぢんまりとした印象を与えてしまうように思います。観客の立場からすれば、変な制約抜きにしてDQ3というゲームの世界に用意されたあらゆる道具・仲間キャラクターなどを使い切ったスケールの大きいプレイングを見たいと思うわけです。

柔道で例えるなら「一本禁止」のようにルールを制限するのと同じことです。余興としてやる分には良いと思いますが、競技として行う真剣勝負にはふさわしくないように思えるのです。

禁止事項は最小限に留める

以上は単なる私の好みの問題です。ここからは、外部ルールを付す場合のあり方について考察してみたいと思います。

第一に、禁止事項は必要最小限にすべきでしょう。どうしても使って欲しくない要素だけをピンポイントで制限する、ということです。上で述べた通り、戦術の自由度が高いほうが競技として見栄えが良いですし、プレイヤーの力量によって結果に差がつく問題に仕上がるはずです。

今回の第4問の場合、「呪文以外使用禁止」という条件でしたが、問題作成陣の意図としては、攻撃手段として打撃、回復手段として賢者の石や賢者の杖を禁止しつつ、ゾーマに到達するまでの雑魚敵とゾーマを呪文だけで倒してもらいたいというものでした。この意図に鑑みると、「呪文以外使用禁止」というのは必要最小限にはなっていません。例えば、本来禁じる必要のない防御コマンドまで禁止されていることで、戦術の自由度が減少してしまっています(この辺りは、腹黒パンダさんもブログで言及されています)。

システム用語で言えば、ホワイトリスト方式ではなく、ブラックリスト方式で禁止事項を定義するべきで、かつその内容も必要最小限に留めるのが望ましいでしょう。

操作ミスによるペナルティは極力排除する

第二に、外部ルールを操作ミスによって違反し、ペナルティが科されるという事態は極力排除すべきでしょう。今回の第4問の場合、誤ってひのきの棒以外の道具を使用してしまうという操作ミスによるペナルティが頻発し、プレイヤーに対して非常に神経質なプレイングを強いる展開となってしまいました。操作ミスによるペナルティを回避することがプレイングの中で大きなウェイトを占めてしまいタイムアタック本来の目的に照らして望むべきスピード重視のプレイングを阻害する結果となってしまったのは否めません。また、操作ミスを防ぐためには自分のプレイに集中する必要があるため、他プレイヤーとの勝負という大会の醍醐味を損なってしまったようにも感じています。

とは言え、単なる操作ミスと意図的なルール違反を区別するのは非常に難しいことです。違反行為の悪質性によってペナルティに軽重を付けるというのもあまり現実的ではないでしょう。従って、明確な意図がない限り違反行為が発生し得ないような外部ルールにしておくのが無難だと考えます。例えば、「賢者の石使用禁止」のようなものであれば、賢者の石が入った宝箱を開けなければセーフですし、仮に開けてしまった場合でも袋の中に入れておけば問題ないので、外部ルールとして妥当なのかなと思います。

ペナルティのあるべき形

今回の第4問では、違反行為1回につき10分をクリアタイムに加算するというルールでしたが、ここにも問題があったと思います。

このタイムペナルティ10分というのは問題制作陣が恣意的に決定したものでしかありません。「10分のペナルティを払ってでも祈りの指輪を使うべきか」みたいな駆け引きが成立していたようにも思いますが、そんな駆け引きはDQ3の腕前とは全く関係がないもので、不必要な要素だと私は考えています。問題制作陣の設定したペナルティと違反行為によって得られるメリットの大小を勘案して行動を選択するという、DQ3とは無関係の技能をプレイヤーに対して要求することになり、DQ3の腕前を競わせるというリカバリーTAの趣旨からズレてしまっているのです。

従って、ルールに違反したら即失格、または相当大きいタイムペナルティを科すようにするのが妥当ではないかと思います。そして、その前提として、上述の通り、明確な意図がない限り違反行為が発生し得ないようなルール設計を心がけるべきです。

2010年のサッカーW杯ウルグアイ対ガーナ戦では、ウルグアイスアレス選手が相手の決定的なシュートをハンドで阻止するというプレーを行い、波紋を呼びました。意図的にハンドというルール違反を犯すことで得をするというのが、スポーツマンシップに反するとして批判されたわけです。競技としての歴史の長いサッカーですらこういう問題が起きているので、誰もが納得できるルール設計というのが如何に難しいかを思い知らされます。それでも、スアレス選手は件のプレーで一発レッドカードを食らって退場、次の試合でも出場停止となっています。意図的なルール違反が戦略として成立しないよう、非常に重いペナルティを科すルールとなっているのです。

まとめ

結局のところ、人間が何かルールを作れば必ず穴は生まれるし、そこに賛否を生む隙ができてしまうのです。これは外部ルールの設定うんぬん以前に、リカバリーTAという競技それ自体が孕む問題だと言えるでしょう。余計なルールが一切ないRTAが一番わかりやすいですし、競技に対する批判が起こりにくいのは明らかです。

だからこそ、リカバリーTAではルールの透明性・公平性の確保に力を入れる必要があると、私自身今回の経験から痛感しました。万人が100%納得できるルールを作ることは不可能でも、それに最大限近づけるようレビューを徹底するべきです。

リカバリーTAという競技の寿命を延ばすためには、問題のバリエーションに厚みを持たせるためにも外部ルールを付すことが不可欠なのかもしれません。しかし、その外部ルールによってリカバリーTAの競技性を奪うことになっては本末転倒です。私自身も含めてですが、今後リカバリーTAの問題を制作する際には、是非そのことを念頭に置いていただきたいと思っています。